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体育会系とビジュアル系のBL


幼馴染の仁藤(ニトウ)が「この季節さあ!乳首痛くなんね?」と聞いてきた。

馬鹿だ馬鹿だと思っていたが本当に馬鹿なんだなあ。

仁藤。

無言で顔を見たら、目を輝かせて俺を見ている。

それに反し、自分の目がどんどん死んで行ってるのを感じる。

何を期待してるんだろう、こいつは。
俺がその手の話に一度でも食いついた事あるか?
お前が馬鹿なのは知ってるが、幼馴染で長い付き合いなんだ、そんくらい分かれ。

と言いかけてやめた。

なんでやめたかな。

愛情か?

こいつは物理攻撃には強いが、言葉での攻撃にはもろいところがある。

ともかく言うのはやめ、仁藤の顔から少し視線をずらし、肩の後ろに誰かがいるようなそぶりをした。
仁藤はすぐ感づいて「?誰か後ろにいる?」と聞きながら振り返る。

振り返った隙に、先に進んだ。

「なんもいねー!」

と、わめきながら追いついてくる。
追いつきながら「乳首さあ!痛いよな!ね?!」と同意を求めるのをやめろ仁藤。
すれ違う女子高生が虫を見るみたいな目つきで俺達を見てるだろ。

俺は競歩ばりに歩くスピードを上げた。
走るのは何か負けた気になるので、あくまで歩く。

「早いよー乳首痛いんだから待ってよー」というセリフが後ろから聞こえる。

口で息をしながら人の流れを先読みし、流れるように追い越して、全力で目的地の公園へ入る。

胸から隙間風がふくような音がしてきた。
それでも足は止めない。

仁藤を撒けただろうか。

振り返ると、すぐ後ろにいた。

「歩くの早いよ!」

息も切らさず言う。

俺は両手を両膝について肩で息をしているのに。

きっとこいつは、身長、筋力、体力にステータスを振ったんだろうな…。


息を切らしつつ、そんな事をぼんやり思っていると、突然、仁藤が俺を抱き上げた。

お姫様だっこだ。

俺は暴れた。

暴れた拍子に、仁藤の頬に俺の膝が当たってしまう。

仁藤は「うお!」と小さく叫んだが、俺を落としたりしなかった。

離せやめろ馬鹿か。

「暴れると喘息悪化しちゃうじゃんよ!」

仁藤が言う。

発作なんか出てない、下ろせと暴れたところで、体力系ステータスに全振りした奴の腕はほどけない。

「あ、いててて!乳首痛い!こすれて痛い!暴れないで!」

馬鹿なセリフがアホの口から飛び出す。

俺は耐えられなくなり、歯を食いしばりつつ海老反りになって抵抗した。

海老反ったせいで景色が逆さまになる。

すると、どこから登場したのか鼻水を垂らした小さな少年が逆さまの視界に入る。

彼は俺達をぼうっと見ていた。

彼の短パンのポケットからは、枝突きのドングリや松ぼっくりが顔を覗かせている。
そして彼は、片方の手を鼻の穴に、もう片方の手で股間をぽりぽりとかいていた。

俺はしにたくなった。

抵抗を止め、だらりと力を抜く。

仁藤がそれに気付き、俺をお姫様抱っこしたまま近くのベンチに座った。


俺は黙っていた。

仁藤も黙っている。


風が吹き、イチョウの落ち葉が舞い、俺の顔に落ちた。

仁藤がそれをつまみ、ハケで撫でるように俺の顔にひらひらとさせた。
うざすぎて勢いをつけてから頭突きをする。
ゴッという鈍い音と「イ゛デ!!」という声。

また沈黙が訪れた。

俺達を観察していた少年がおもむろに近寄ってきて

「これあげる」

と言いながら、ドングリを差し出した。

少年の手の中のドングリはつやつやと光っていたが、同時に、手についた鼻水も光っていた。

俺は無視したが、仁藤は「ありがとう」と言って受け取る。

少年は笑顔になり、手を振りながら去っていった。

それを見届けた仁藤は「お前にやるよ」と言って俺の胸ポケットにテカるドングリを入れた。

こいつ、こういうとこあるよな。

引き受けておいて俺になすりつけるの、これで何度目だ。

さらにだるくなり、仁藤を無視して胸ポケットを見た。
ドングリの形がぽつんと浮いている。


また少し、沈黙が訪れる。

イチョウの葉が冷たい風に吹かれ、飛んで行く。

遠くでカラスが鳴いた。

それがスイッチになったのか、仁藤が口を開いた。


「あのさあ…、俺さあ、結構本気で悩んでるんだよね」

何の話か一瞬考えたが、恐らく乳首の話だろう。

俺は聞きたくなかった。

通りすがりの人がいちいち俺達を見ていく。

体育会系の男の膝に、お姫様抱っこされてるビジュアル系の男。

俺が通行人でもガン見するだろう。そんな光景は。

髪を伸ばしていて良かったと思った。

うつむいていれば俺の顔は見えないだろう。
仁藤の顔は、髪を短く刈っているので丸見えだろうが、そんな事は知らん。

「俺さあ、お前、幼馴染だしさ。」

「だから、まあ・・・」

歯切れが悪い。
何が言いたいんだ。

「乳首の話は、まあ、どうでもよくて・・・」


俺は仁藤の顔を見た。

俺の視線に気付き、頬を赤らめ動揺している。

そして辺りを見回す。
きょろきょろとして落ち着かない。

ようやく、ここは人が通る場所なのに気付いたらしい。

「ここじゃ話し辛いなあ」と言いつつ俺を抱いたまま立ち上がり、場所を移した。


移動先は木が茂った場所で、人通りが無く、落ち葉が地面いっぱいに落ちている。

仁藤は俺を抱いたまま、木の根元、落ち葉の上にドンと座った。

唐突に話し出す。

「あ、いや、その。乳首が痛いのは本当だしどうしたらいいのか悩んでいるのも本当なんだけど、本当はそこは重要じゃなくて、その…乳首の話は導入っていうか…だから…」


そして黙った。

俺は話し出すのを待っていたが、すぐだるくなり、首を反らせて見下すように仁藤を見た。

遠目で俺達を見たら、でかい男が女の死体を抱いてるように見えるだろうな。

…目を少し戻すと木の枝の間に青空が見える。




カラスが枝に留まってるなー。

良い天気だ。

遠くで子供が楽しそうに騒ぐ声が聞こえるね。


……

・・・・・・・


ぼくたちはいったいなにをやっているんだろう。


疑問が顔に出たのか、仁藤が俺を見て、もごもごと口を動かした。


「その、あれ…うーん。乳首は痛い。それは間違いないんだが。実は恋愛についてなんだが」

珍しい。

こいつが真剣に悩むのは、たいていどうでもいい事ばかりだ。
具体的には乳首が痛いと言ったような。

しかし恋愛だと?

聞き捨てならない。

いらいらする。

さんざん俺に執着していた仁藤ごときが、恋愛だと?

俺は仁藤を見た。

目が合った一瞬、仁藤はどぎまぎとしたが、すぐ持ち前の気合で気持ちを立て直し、俺の目を見て言った。

「好きな人がいるんだ」

なあ。

仁藤よ。

お前、乳首の話から好きな人の話っておかしいだろ。

乳首話から好きな人の話にいたるまでの過程はどうなってたんだ。お前の脳内では。

お前って、ほんと体力系に全ステータス振っちゃったんだな。残念だよ俺は。

それにさあ、お前さあ。

幼稚園のときからこの歳になるまで俺に執着しておいてだよ。

好きな人ってどういう事だ。

許さん。

絶対に、絶対にだ。

この馬鹿にどうやったら理解していただけるかを真剣に考えた。

例え話でいくか?

人魚姫と王子で例えたらどうだ。

待て、どっちが王子で人魚姫なんだ。

俺が人魚姫かこの場合。

そんな事を考えていたら、仁藤が急に

「つまり、お前のことだ。」

と、付け加えた。

言った瞬間、木の枝に留まっていたカラスが「アホー」って鳴いた。

俺は笑った。

なんか。

ウケちゃって。

カラスのタイミングがまた良くてさ。

うひゃうひゃと笑って、ふと仁藤を見たら真顔だった。

真顔っていうか仁王みたいな顔になっていた。

仁藤が仁王という韻を踏んだ流れにさらに吹きそうになったが、耐えた。

あまりにもマジな空気なので、俺は咳払いし、冗談はやめろ


というような事を言ったと思う。


思う、と言うのは記憶が曖昧だからだ。


その直後、仁藤にキスされたショックで記憶が軽く飛んだんだと思う。

片方の手で頭を鷲づかみにされ、もう片方の手で上半身をがっしりホールドされた状態で、抵抗とか無理だった。

唇を力任せに吸われた後、舌も入れられた気がする。

その後、首をなめられたような?

俺もなんか。

なんか。その。

気持ち良くなっちゃって。

ちょっと声とか出てた気がする。

その後、行くぞとか何とか言って俺を持ったまま立ち上がり、タクシー拾って仁藤が住んでるマンションに行った。


あっそうだ。

タクシーでもキスされた。

中年の運転手が「お客さん!?そういうの止めてくださいね!!?」って裏返った声で叫んでたのは覚えてる。

俺は爆笑してた気がする。

タクシー代は2000円もしなかったが、仁藤は1万出してお釣りはいりませんと言った。

運転手は複雑な表情で「ほどほどにね!?」と言っていたように思う。

仁藤が先に降り、また俺を抱き上げてマンションに入った。

仁藤のベッドは仁藤臭かった。

俺のシャツを仁藤が脱がす。
その時、胸ポケットからどんぐりが落ち、フローリングの床に当たって硬い音を立てた。

そのどんぐりを踏んで「痛い!」とか言ってて笑う。

俺のポケットに入れたのお前だろ。

笑う俺を無視して次は俺のベルトを外しにかかる。

俺はシャワーを望んだが、仁藤がこのままがいいとか言い出して俺も途中で面倒臭くなり、このままやることにした。

窓が開いてて、冷たい風が吹き込んできた。

風は心地よかった。

仁藤の身体が熱かったから。
ずっしりと重く熱い身体を全身で感じつつ、やっぱ筋肉は熱いし重いんだなと思った。

俺が身じろぎすると、ふっと身体を移動させる。
体力の無い俺を気遣ってるんだろう。

その気遣いにいらついたので仁藤の乳首を軽く噛んでやった。

乳首痛いって言ってるじゃん!とかキレてて笑った。

その後すぐ、優しく舐めてやったら声出しててさらに笑った。

もっと早くこうしてれば良かったなと言うと、仁藤は何故か真っ赤になって照れていた。

初めてこの幼馴染が可愛いと思ったが、それは口にしなかった。

代わりにキスをして、仁藤の頭を抱いた。

仁藤も俺を優しく抱いた。

秋風がまた吹いたが、寒くなかった。
こいつがいれば冬になっても寒くないんだろうなと、仁藤の埃っぽい頭の匂いをかぎながら、ぼんやりと思った。



-終-


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